あともういくつ寝ると最終勤務日?
さて、年休取得をする為に退職日としては3月末ですが最終勤務日まではもう目前と言って良い時期になってきました。流石に重めな仕事は振られる事も無く(当たり前ですが)日中帯の仕事は引き継ぎ書の作成がメインとなって来ている状況です。ただしかし、一つ気がかりなのは僕の仕事を引き継ぐはずの同僚には上席からの気まぐれ仕事が絶えず降りかかっている状況で、僕自身がやってきた業務のコアな部分についてはなかなか引き継げていない状況ではあります。まあ、その同僚の仕事振りにも疑問符が付く仕事ぶりなのですが、まあ本日の記事は仕事の愚痴ではないのでまた今度にします(笑)
さて、今回の日記はいつもの仕事の感想日記では無く読書日記です。ずっと前に購入してその際に読んで以来久しぶりに読んだのですが、今の会社を辞めるに当たっての回りの人間(主として上席者)への不満をそっくりそのまま目の前に取り出してくれたようでまさに「わが意を得たり!」(古い表現ですね笑)という記載がいくつもあった本でした。私は著者である苫米地英人氏のファンでもあり、その為若干バイアスがかかった感想になっているかもしれませんが、もしかしたら自分が退職するに当たって視野が広がった事も新しい記述が目に入った理由かもしれません。
本書でいう「思考」とは?
著者の主張は最初に「思考する」事の定義付けから始まります。どんな人間でも普通に生きていれば飯も食います。うんこもします。そしてそれらを司るのが脳である以上は物理的な脳の活動というのはどんな人間でも行っており、脳の情報処理活動は行われ続けていると。ここで著者が言う思考停止というのは「創造的な問題解決活動」が日本のビジネスマンはほとんど行っていない事の問題についての問題提起です。日本の抑圧的な企業文化から生まれる思考停止。そしてそれによるマイナス。これは日記を書いている自分自身、非常に深く納得しながら読み進めました。会社勤めをされている方で現状に強く不満がある方はご一読を強くおすすめします。というよりも日本の会社は押しなべて抑圧的な企業文化で、ほとんどの全ての日本人が企業勤めをしている以上は大体の日本人に当てはまる指摘ではないでしょうか?僕自身も十数年日本的な企業文化に触れてきた身として、強く共感出来た理由としてなぜわざわざ自分自身の生産性を下げるような言動・行動ばかり取るのか不思議でなりませんでした。日本の教育制度(会社の研修制度等も含めたもの)・前例主義・勉強不足といったバックグラウンドで思考停止に一旦陥ると、クリエイティブに思考する力はどんどんと失われていくと。こんなことはウチだけなのかな?と思っていたのですが、どうやらそうでは無いという事なのでしょう。
加えるならば著者の家系はエリートの家系です。大学を出てすぐの就職先は名にし負う三菱地所です。他の著書に著述されていますが、かのロックフェラーセンターの買収にも携わっていたとの事。経団連企業のピラミッドの限りなく頂上部分にある企業にいた人間でもこう思うという事は余程強く日本的組織に蔓延る傾向なのでしょう。更に著者は20数年前にオウム真理教の脱洗脳を行った点でも著名な人物です。思考する事を辞め、他人に自分の脳を預ける事の社会的なリスクは非常に大きいという事を肌で知っているのですね。
本質的に日本の組織というのは「思考を止めた」人間しかいない。
そして出世しない。言い過ぎでは?、もしくはそうでない人もいるよ?という意見・反論もあるかもしれませんが、あえてこれは言い切らせてもらいます。 入社した当初先輩から言われた「自分で考えろ!」というセリフ。これは今から考えても本当に僕自身が至らない部分(仕事を覚えられなかったり、社会人としての常識が無かったりして他人に迷惑を掛けた部分)もあるのですが、強く「組織のやり方に染まれ!」という意味であったと思います。
さて、本書では「思考」をする為の方法論や自由・成功を手にする為の方法論までも記載がありますが、実際にご一読頂いたら良いと思います。今確認したらキンドルアンリミテッドに登録されているようですので、登録者の方であれば無料で読むことができるのでオススメです。
それでは、本日はこんな所で。